過剰適応という言葉をきいたことがあるでしょうか。
周りの人間に適応しようと、過剰に頑張りすぎてしまうことです。
適応障害の一種です。
本来、周囲の人間に合わせることは、自分の身を守るための手段にすぎません。
しかし、合わせ方が度を超してしまい、周りの人に合わせることが自己目的化してしまうと、自分を殺して迎合し、望まないこと・自分のためにならないことまで受け入れてしまいます。
自分にとって不利益なことでも断れなくなります。
自分の喜びではなく周囲の期待を満たすために生きるわけですから、頑張っても得するのは他人。
こうなるとかなーり、ツライです。
適応できないから過剰適応になる
以前、職場で本当に苦しかったとき、「過剰適応だね」と診断されたことがあります。
あぁ、合わせられない自分が悪いんじゃないのか、と気づきました。
あぁ、合わせようと頑張ってたんだ、と思いました。
でも、自分は辛くなるほど頑張っても周りに合わせきれない人間なんだ、とも感じました。
小さい頃から不思議ちゃんとか宇宙人とか天然とか言われてきました。
アスペルガーとか発達障害だとかいうと、とかく「なじめない」とか「合わせられない」とか言われます。
しかし私たちだって、輪を乱したくて乱しているわけではありません。
周りに合わせたい。
同化して目立たないようにしたい。
空気だって読めるなら読みたい。
だけど、全く意図しないところで予想外のタイミングで人を怒らせてしまったり誤解されたりする。
こんな経験は嫌と言うほど積んできています。
自分の空気のよめなさにはもううんざりしているし、周りに合わせようとつい頑張りすぎてしまうのも分かっていただけるのではないでしょうか。
同じような経験をしている方が多いとすれば、発達障害の人は過剰適応に陥るリスクが高いといえるでしょう。
回復するには?
周りに合わせようとしない
周りの人の顔色をみて生きるのをやめることです。
そのためには、周囲から浮いた存在になることを受けいれなくてはいけませんね。
集団の中で浮いてしまうと、どうしても、異質な存在として排除されやすくなります。
会社で働く人にとっては職を失うことにつながりかねません。
集団になじむことは、やっぱり身を守るための有効な戦略なのです。
だけどできないんだからしょうがない。
集団に合わせることはやめて、別の戦略をとりましょう。
孤立を恐れず自分を守る。
一番よいのは「個」として強みを持つこと。
自分がいなくなったらグループの損失だという立場になる。
パソコンに強いとか、議事録を取らせたら最高だとか、何でもいいから自分の「ちょっとだけ得意なこと」を磨きまくって他の人より相当優れたレベルにまで持って行く。
そしてそのスキルを使いまくって集団に貢献アピール。
そうして、ちょっと失敗しても「あの人はそういう人だから」と言われるようなポジションを確立する。
そこまでいけば、多少浮いたところでクビにされる可能性は低くなり、今よりももっと安心して、周囲から浮くことを受け入れられるのではないでしょうか。
参考資料
適応障害の入門書。
ギャンブルなど依存症になってしまう背景には過剰適応もあるのだとか。
この本kindle unlimitedでも読めるようです。
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